
タイでの中国人労働者数が顕著に増加し、長年首位だった日本人を上回る新たな転換点を迎えています。タイ雇用局の統計によれば、2022年に中国人の就労許可証保有者数が日本人を初めて上回り、その増加傾向は現在も続いています。この現象の背後には、コロナからの経済回復と複雑な国際関係の変化があります。
中国人労働者数の急増と日本との逆転
タイの就労許可証(ワークパーミット)取得者数の統計によると、中国人の労働許可証保有者数は2021年1月の24,437人を底に増加に転じ、2022年10月時点で27,802人となりました。一方、日本人の保有者数は2万7千人台でほぼ横ばいの27,462人にとどまり、長年維持してきた首位の座を中国に譲る結果となりました9。この逆転は、タイのビジネス環境における重要な転換点と見られています。
コロナ禍以前、中国人の労働許可証保有者数は2020年2月には30,953人に達していましたが、パンデミックの影響で一時減少しました。しかし、2021年を底に急速な回復と増加を見せ、日本人の数を上回る勢いで成長を続けています2。在タイ日系コミュニティでも、この中国人労働者の急増が話題となっているといいます。
急増の背景:米中貿易摩擦と中国企業の海外戦略
この顕著な増加には複数の要因が絡んでいます。第一に挙げられるのは、米中貿易摩擦の影響です。アメリカとの貿易摩擦により中国からの輸出が困難になり、中国企業はタイなど東南アジア諸国に生産拠点を移す動きを加速させています9。
第二に、中国国内の景気低迷も大きな要因です。国内市場で物が売れない状況のなか、企業は新たな市場を求めて海外展開を進めているのです。また、中国国内での賃金上昇や競争激化も、企業のタイ進出を後押ししています9。
「中国企業は米中貿易摩擦、コロナでの行動制限、国内での賃金上昇や競争激化などを背景に海外展開を加速しています」とタイビズの記事は指摘しています9。
拡大する中国投資:自動車から家電まで
投資面でも中国の存在感は増しています。タイ投資委員会(BOI)への投資申請金額では、2022年第3四半期までの統計で中国が1位、台湾が2位、日本が3位となっています。1980年代からの統計では日本は基本的に2位でしたが、ついに3位に順位を下げる結果となりました9。
業種別に見ると、自動車関連では東風汽車やBYDといった中国の大手メーカーがタイでの電気自動車(EV)生産を発表しており、その他にもタイヤ、自動車部品、家具、家電など多岐にわたる中国企業のタイ進出が進んでいます9。特にEV産業においては、中国企業の積極的な投資が目立ちます。
観光面でも中国人のタイへの流入は増加しており、2025年1月の春節期間(1月24日~2月2日)には前年同期比22.6%増の77万人あまりの中国人がタイを訪れたとされています4。こうした短期訪問者の中から、ビジネスチャンスを見出してタイへの投資や就労を選択するケースも増えていると考えられます。
タイの外国人労働者政策と課題
タイ政府は労働許可管理を厳格化する動きも見せています。2025年3月には、登録を済ませたものの必要書類が不足している外国人労働者の労働許可証を3月30日までに取得するよう雇用主に命じました8。これを怠った場合、雇用主は法的責任を問われ、外国人従業員は強制送還される恐れがあります。
労働許可証取得には健康診断書、健康保険加入証明書、社会保障加入証明書の提出と1人当たり1000バーツの手数料が必要です8。タイでの「労働許可証(ワークパーミット)」取得には、まず「就労ビザ」を取得し、入国後に労働局で申請する必要があり、申請は受け入れ先の法人しかできないという制約があります5。
今後の展望:変化するアセアンの経済地図
人口が日本の10倍以上、GDPが3倍以上ある中国の海外進出の流れは当分続くと予想されています9。これは相対的に日本のプレゼンス低下を意味しますが、日本とタイの間には長年培われた信頼関係があります。
タイ投資委員会(BOI)は2023年1月から投資奨励策を刷新し、「景気回復に向けた投資刺激策」や「継続・拡大プログラム」などを展開、より長期の法人税免除期間を得られるようにするなど9、外国投資をさらに呼び込む態勢を整えています。
中国人労働者の増加傾向は、変化するアセアン地域の経済地図を示す一つの指標となっています。この変化がタイ経済にどのような影響をもたらすのか、今後も注視が必要です。
追う日本、追われる中国
日本企業にとって、中国企業の台頭は新たな競争環境を意味します。「日系製造業の大企業はほぼタイに出揃った感があるため大型投資は多くない」9という状況の中、いかに付加価値の高いビジネスを展開していくかが課題となっています。
一方で、新たに海外市場に進出する中国企業にとっては、すでに地盤を築いている日本企業との競争は避けられません。両国の企業がタイ経済の発展にどのように貢献していくのか、その相乗効果も期待されています。
タイにおける中国人労働者の増加は、単なる数字の変化ではなく、アジア太平洋地域における経済力学の転換を象徴する現象といえるでしょう。