
京都大学大学院の柴山桂太准教授は、現代のグローバル化と保護主義の動向について独自の歴史的視座から分析し、トランプ政権の政策と大恐慌の関連性について重要な洞察を提供しています。柴山氏によれば、トランプ大統領は大恐慌を直接「望んでいる」わけではないものの、彼の政策と発言は不況や国際紛争を引き起こす触媒となりうると指摘しています。特に注目すべきは、トランプ大統領自身が2023年9月に「我々は大恐慌に向かっている」と発言し、2026年頃に訪れる可能性のある米国発の不況が、トランプ政権の対中経済強硬策によって深刻化する可能性が懸念されている点です。本稿では、柴山准教授の見解を詳細に検討し、その理論的背景と現実的な含意について分析します。
グローバル化と反動のサイクル:柴山理論の核心
歴史に見るグローバル化のパターン
柴山准教授は、グローバル化が一方向に進むものではなく、歴史上何度も拡大と縮小を繰り返してきたという視点を提示しています。彼によれば、人類はこれまで2度のグローバル化を経験しており、第1次グローバル化は大航海時代から18世紀まで続き、米独立戦争とフランス革命をもたらしました1。第2次グローバル化は19世紀後半から始まり、20世紀の2度の世界大戦で終焉を迎えたとしています1。特に第2次世界大戦は、1929年の世界恐慌を契機に各国が保護主義やブロック化に走り、経済戦争が激化したことが原因の一つであったと分析しています1。
第3次グローバル化と「社会の自己防衛」
柴山氏の分析によれば、現在進行中の第3次グローバル化も、過去のパターンと同様に暴力を伴う形で終わる可能性があります1。彼が強調するのは「社会の自己防衛」という概念で、これはグローバル化によって負の影響を受けた人々が対抗運動を組織化し、政治への圧力を強める動きを指します1。柴山氏は、トランプ政権はまさにこの社会の自己防衛が生み出したものであり、冷戦終結後のグローバル化の進行による負の影響を被った人々、特にラストベルト(さびた工業地帯)の白人労働者の不満が結実したものだと分析しています1。
グローバル化の限界と反動としてのポピュリズム
柴山氏は2012年に出版した『静かなる大恐慌』において、リーマンショック後の世界経済の状況を「静かなる恐慌」と形容し、この恐慌がEU崩壊やグローバル化の終焉を引き起こす可能性を予測していました3。彼の理論によれば、行き過ぎたグローバル化はその反動として保護主義を生み出すとされており、この観点からトランプ現象を理解することができます3。柴山氏は、100年前の世界と現代の類似性を指摘し、当時のグローバル化も帝国主義によって推し進められ、現代に負けないほどグローバルな社会だったと論じています3。
トランプ政権の経済政策と大恐慌の懸念
トランプの「大恐慌」発言の文脈
柴山氏によれば、トランプ大統領は2023年9月に「我々は大恐慌に向かっている」と発言しています1。この発言は、単なる警告ではなく、トランプ政権が推進する保護主義的政策の正当化にも繋がるものと考えられます。柴山氏はトランプの関税政策について、「関税を外交上の取引材料に使い過ぎている」と批判し、このやり方では国内の投資や消費は安定しないと指摘しています1。
2026年不況予測と米中経済戦争
柴山氏は2026年頃に米国発の不況が世界に広がる可能性を予測しており、この不況がトランプ政権の対中経済強硬策によってさらに悪化する恐れがあると警告しています2。彼は特に、「トランプ政権による対中経済強硬策が想定外の戦争をもたらす恐れがあります。第1次世界大戦がその前例であるのはよく知られているところです」と述べ、経済摩擦が軍事衝突に発展する可能性に懸念を示しています2。
「劇場型政治」としてのトランプの言動
柴山氏はトランプ大統領について「これほど劇場型政治という言葉にぴったりの政治指導者はいない」と評しています5。彼によれば、トランプは世論が賛否に分かれて大騒ぎになることを見越した言動を繰り返し、メディアの注目を集める戦略を取っているとしています5。これは政策の実質よりもパフォーマンス性を重視するアプローチであり、経済政策においても同様の傾向が見られると分析できます。
トランプ政策の両義性と経済的影響
国民経済の基盤強化という側面
柴山氏はトランプ政権の政策について、国民経済の基盤を強化するという積極的な側面も認めています。彼によれば、「世界経済を安定させるためには、各国が内需を拡大し、経常収支の不均衡を是正することが不可欠」であり、「国内の消費や投資を増やす取り組みが必要」だとしています1。この観点からは、トランプの国内産業保護政策は一定の合理性を持つとも解釈できます。
経済自由主義と民主主義の緊張関係
柴山氏は経済自由主義と民主主義の本質的な対立関係に注目しています。彼によれば、「経済自由主義の根幹を成す資本主義は文字通り、資本が主役。その本質的な性格として資本移動の自由化を求める」のに対し、「民主主義のnatureは保護主義」だとしています1。この分析枠組みを通じて、トランプ現象は民主主義の本質が表出したものとも解釈できます。
米国の覇権劣化と国際通貨体制の変容
柴山氏は2026年以降の不況を契機に、米国の覇権が劣化し、安全保障においても経済においてもネガティブな影響が広がると予測しています2。特に経済面では、「ドルの信用を支えているのは米国の国力、中でも軍事力」であるため、「現在のドル基軸通貨体制が崩壊に向かって進む」可能性を指摘しています2。この予測は、トランプ政権の政策が間接的に大恐慌のような状況を生み出す可能性を示唆しています。
批判的検討:柴山理論の限界と課題
歴史的アナロジーの妥当性
柴山氏の理論は過去のグローバル化サイクルとの類似性に基づいていますが、現代のグローバル化には過去にない特徴も多くあります。例えば、デジタル技術の発達によるグローバル・サプライチェーンの複雑化、金融システムの高度な相互依存性、国際機関の存在などは現代特有の要素であり、単純な歴史的アナロジーには限界があると言えるでしょう。
経済危機の予測可能性
柴山氏は2026年頃に米国発の不況が訪れる可能性を予測していますが、経済危機の正確な予測は非常に困難です。2012年の著書『静かなる大恐慌』でもEU崩壊やグローバル化の終焉を予測していましたが、その後のEUは様々な危機を乗り越えて存続しています。経済予測には常に不確実性が伴うことを認識する必要があります。
トランプ政策の多面的評価
柴山氏はトランプ政策の両義性を指摘していますが、その政策の実際の効果については、より多角的な分析が必要です。例えば、関税政策が国内製造業に与えた影響、雇用や賃金への効果、国際関係への影響など、様々な側面から評価することが重要でしょう。また、バイデン政権下でもトランプ時代の一部の保護主義的政策が継続されている点も考慮すべきです。
結論:柴山理論から見るトランプと大恐慌の関係
柴山桂太准教授の見解に基づけば、トランプ大統領は必ずしも大恐慌を「望んでいる」わけではないものの、彼の保護主義的政策と対中強硬姿勢は意図せず大恐慌のような経済混乱や国際紛争を引き起こす可能性があります。柴山氏の歴史的分析は、グローバル化の行き過ぎた進展とその反動としての保護主義台頭という歴史的パターンの中にトランプ現象を位置づけることで、現代の政治経済状況に対する重要な洞察を提供しています。
トランプ大統領の「我々は大恐慌に向かっている」という発言は、彼自身が大恐慌を望んでいるというよりも、自らの保護主義的政策の正当化や政治的レトリックとして理解できるでしょう。しかし同時に、柴山氏が指摘するように、そうした政策が実際に2026年頃の経済危機を深刻化させる可能性も否定できません。
今後の世界経済と国際秩序を考える上で、グローバル化と保護主義のダイナミクスを理解し、過去の歴史的教訓を活かすことが重要です。そして、「劇場型政治」を超えた実質的な経済政策の議論が求められていると言えるでしょう。