トランプ政権が中国に対する関税政策を強化する中、「iPhoneはアメリカで製造すべき」という主張が再び注目を集めています。しかし、実際にはiPhoneの製造をアメリカに移転することには多くの障壁があります。ニューズピックスの動画を手掛かりに、iPhoneがアメリカで製造できない現実的な理由について詳細に分析します。
製造拠点の現状と背景
現在、iPhoneの大部分は中国を中心とする海外で製造されています。Appleは世界50カ国以上から部品を調達し、最終的な組み立ては主に中国で行われています57。この製造体制はコスト効率、生産スピード、そして品質の一貫性という面で、Appleに大きな利益をもたらしてきました。
この体制を構築したのは現CEOのティム・クック氏で、彼はかつてCOOとして、iPod時代からAppleのグローバルサプライチェーンを確立しました7。Appleはなぜこのような体制を築いたのでしょうか。その理由は単純な労働コストの問題だけではありません。
人件費とコスト構造の問題
アメリカでiPhoneを製造する際の最大の障壁の一つは人件費です。中国などのアジア諸国では時給が数百円台であるのに対し、アメリカでは州によって異なりますが、最低時給が15〜16ドル（約2,250〜2,400円）に達します8。
バンク・オブ・アメリカ証券の試算によれば、現在1,199ドルの「iPhone 16 Pro」をアメリカ国内で生産すると、価格が25%上昇して1,500ドルになる可能性があります8。別のアナリストは価格が3,500ドル（約40万円）まで跳ね上がる可能性を指摘しています8。
人件費の差だけでなく、大規模生産を実現するための設備投資や福利厚生コストも考慮すると、アメリカでの製造は経済的に大きな負担となります。
精緻なサプライチェーンの課題
iPhoneの製造はサプライチェーンの問題でも大きな壁に直面します。Appleが公開しているサプライチェーンのリストによれば、同社は50カ国以上で製造された部品を使用しており、レアアースの供給元は79カ国にもおよびます17。
これらの部品をすべてアメリカ国内で調達するのは現実的ではありません。「部品も全部アメリカで作ればいい」という考えがあるかもしれませんが、それには工場の新設、エンジニアの雇用、インフラ整備など、何十億ドル、いやそれ以上の投資と何年もの時間が必要です8。
特に重要なのはレアメタルの問題です。レアメタルは充電池や電子部品の製造に不可欠ですが、その多くは中国でしか採掘できません3。中国はすでにレアメタル4種類の出荷停止を含む対抗策を準備していると報じられています3。
製造技術と人材の不足
Appleのティム・クックCEOは2017年に中国での製造理由について「労働コストの低さが理由ではない」と明言しています17。彼が挙げたのは、中国には製造に必要な技術と人材が集中しているという点でした。
「例えば、中国には最先端の金型製造技術があり、この分野の会議を開けばサッカー場がいくつも埋まるほどの人材が集まります。一方、米国ではおそらく一室を満員にするのも難しいでしょう」とクック氏は述べています17。
実際、ティム・クックCEOは「アメリカには製造に必要なツールエンジニアの数が圧倒的に足りない」と明言しており8、アメリカでゼロからiPhoneの製造体制を構築することが極めて困難であることを示唆しています。
中国工場の圧倒的な生産能力と柔軟性
中国の工場の生産能力と柔軟性は、アメリカの工場を大きく上回ります。ニューズピックスの動画で触れられている例として、スティーブ・ジョブズの判断があります。彼はiPhoneの発売数週間前に、フロントパネルをプラスチックからガラスに変更することを決定しました7。
この急な変更に対応するため、中国では8,000人の工場従業員が12時間交代で24時間働き、すべてのiPhoneの前面プレートをガラスに変えることができました。アメリカの工場でこれと同様の変更を行おうとすると、数カ月はかかる作業だったでしょう7。
この例は、中国の製造業が持つスピード、規模、柔軟性をよく表しています。アメリカの工場は、アジアの工場に比べるとスピードが遅く、機敏さに欠けるという弱点があります7。
トランプ政権の主張とその実現可能性
トランプ政権は「AppleはiPhoneを米国内で製造できる」と主張しています。キャロライン・リービット報道官は、「米国にはiPhoneを製造するための労働力があり、資源があると大統領は確信しています」と述べました18。
また、「Appleが米国に5000億ドル（約75兆円）を投資している」ことを挙げ、「Appleが米国で製造できないと考えていれば、これほど多額の投資はしなかったでしょう」とも語りました1718。
しかし、Appleの投資は主に研究開発や半導体工場、データセンターなどに向けられたものであり、iPhoneの完全な製造移転を意味するものではありません。実際にiPhoneの製造をアメリカに移転するには、前述の通り多くの障壁があります。
Appleの現実的な対応戦略
Appleは中国への依存リスクを認識し、製造拠点の分散を進めています。特にインドへの製造移転が注目されています。インドは労働力が豊富で、外国からの投資を歓迎しているため、中国に代わる生産拠点として期待されています10。
Foxconnはインド南部のカルナタカ州に300エーカー以上の土地を購入し、新しい工場の建設に約700億円を投資しています。この工場では約10万人の雇用が生まれる予定です10。しかし、これは中国の「iPhoneシティ」と呼ばれる鄭州工場の約35万人の従業員数に比べて3分の1以下の規模にとどまります10。
また、Appleはインド以外にもタイ、マレーシア、ベトナムなどに製造を拡大し始めていますが、中国で築き上げたiPhoneのサプライチェーンは巨大であり、他国へ安定して分散させるにはまだまだ長い時間がかかるでしょう7。
結論：現実的な解決策の模索
iPhoneをアメリカで製造することは理論上は可能かもしれませんが、人件費、サプライチェーン、技術、人材、生産規模などの問題を考えると、現実的には非常に困難です。
Appleは過去にMac Proをテキサス州で少量生産した実績があり、最近ではAIサーバーを米国内で作る計画も発表しています8。このように、象徴的な一部製品をアメリカで作ることは可能ですが、それは「年間2億台以上も売れるiPhoneをフル生産する」話とは別次元です8。
世界的な地政学リスクと一国に頼ることによる不安定さを考慮すると、Appleにとっての最善の戦略は、製造拠点の分散化を進めながらも、全てをアメリカに移転するという非現実的な選択肢ではなく、グローバルなサプライチェーンの強みを活かしつつリスクを最小化する道を模索することでしょう。
トランプ政権の関税政策によって、Appleは難しい選択を迫られていますが、まったく新しい製造インフラを一国で構築するよりも、既存のグローバルネットワークを活用する方が、コスト効率と実現可能性の両面で優れた戦略と言えるでしょう。