米国債市場の急変動:インフレ要因を超えた構造的混乱の深層

米国債市場で金利が急騰する異常事態が発生していますが、その主因は従来考えられていたインフレ懸念ではなく、ヘッジファンドによるベーシス取引の巻き戻しである可能性が高まっています。この状況は、トランプ大統領が「tricky(やっかい)」と表現するほど市場に混乱をもたらし、関税政策の一部修正を余儀なくされる事態にまで発展しています。専門家は、米国債市場の一時的な「崩壊」とも言える状況が続く可能性を指摘しています。

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米金利急騰の真相:インフレ懸念ではなく需給要因

最近の米国債市場では金利が急騰していますが、この上昇の主因はトランプ政権の関税政策によるインフレ懸念ではなく、実質金利の上昇によるものだという分析が有力視されています。大和証券チーフエコノミストの末廣徹氏は、米金利上昇の要因について、実質金利の変動が主因であり、これは関税によるインフレ圧力というよりも市場の需給要因によるものだと指摘しています2

実際に、米国債市場では政策金利の見通しを反映する金利スワップレートとのスプレッドが拡大しており、これは需給主導の動きであることを示唆しています14。一部では「中国が米国債を売却しているのではないか」との見方もありますが、中国の保有規模を考慮すれば、FRB(米連邦準備制度理事会)によってカバー可能な範囲だとする見方が主流です14

ベーシス取引とは何か:市場混乱の原因

米金利急騰の背景として注目されているのが「ベーシス取引」の巻き戻しです。ベーシス取引とは、証券の現物価格と先物価格の差(ベーシス)を利用した取引で、「ベーシス = 現物価格 - 先物価格 × 調整係数」という算式で表されます4

具体的には、ヘッジファンドが大量の現金国債を購入し、同時に国債先物を売り建てるという戦略を採用しています。2020年2月時点では、ヘッジファンドは約9000億ドルの先物ショートポジションと、約1.4兆ドルのレポ借り入れを通じた現金国債のロングポジションを保有していたとされています6。これらのヘッジファンドは50対1という高いレバレッジ率で運用しており、わずかな市場の混乱でもマージンコールが発生し、急速なポジション解消を余儀なくされる可能性があります6

最近の米金利急騰は、こうしたベーシス取引のポジション解消(巻き戻し)が進んでいることが一因と考えられています。これにより、国債市場に大きな売り圧力がかかり、金利上昇につながっていると分析されています16。

トランプ政権の関税政策と国債市場の関係

トランプ政権は世界的な貿易相手国に対する関税強化を進めており、これが国債市場に影響を与えています。2025年3月12日には、貿易相手国に対する25%の鉄鋼・アルミニウム関税を発効させ、これに対しカナダや欧州は報復関税の発動を発表しました18

こうした関税政策は本来ならばインフレ懸念を高め、金利上昇圧力となるはずです。実際、日本経済新聞は2025年1月7日の記事で、トランプ次期政権の関税強化によるインフレ再燃や財政拡張策への懸念が長期金利の上昇を誘っていると報じています17

しかし、直近の状況はやや異なります。2025年2月の消費者物価指数(CPI)は前年比2.8%の上昇にとどまり、1月の3.0%から鈍化し、市場予想の2.9%を下回りました18。つまり、インフレ自体は鈍化傾向にあるにもかかわらず、金利は上昇しているという矛盾した状況が生じているのです。

FRBの対応と市場の見通し

このような国債市場の混乱に対して、FRBが何らかの対応を取る可能性も指摘されています。ブルッキングス研究所の研究では、中央銀行、特にFRBが市場ストレス時にベーシス取引を行うヘッジファンドを支援するべきだという提言がなされています6

しかし、こうした介入は短期的な対応にとどまる可能性が高く、市場の構造的な問題解決には至らない可能性もあります14。市場参加者は、米10年国債利回りが心理的節目である5.0%を超えるかどうかを注視しており、これが今後の市場動向を左右する「分水嶺」になるとの見方も出ています15

市場への影響と今後の注目点

米金利の急騰は株式市場にも波及しています。2025年1月初めからS&P500指数は軟調な展開となっており、その要因の一つとして米国のインフレ再燃リスクが挙げられています15。米国株の市場予想PER(株価収益率)は21.5倍まで拡大しており、益利回りは4.65%と、米10年国債の利回り4.78%を下回る状況となっています15

今後の展開としては、4月下旬に予定されている雇用統計や消費者物価指数の発表が注目されます。これらの指標がインフレの再加速を示唆すれば、金利上昇に拍車がかかる可能性もあります。一方で、ベーシス取引の巻き戻しが一段落すれば、金利の上昇圧力は和らぐ可能性もあります。

米国債市場の混乱は、単にインフレ懸念だけではなく、市場の構造的な問題が絡み合った複雑な現象です。トランプ大統領自身も認める「やっかい」な状況は、今後しばらく続く可能性があり、投資家は引き続き慎重な対応が求められています。

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