
米国の企業経営者の間で、従来の「株主至上主義」から従業員や地域社会などの多様なステークホルダーを重視する姿勢への転換が進んでいる。政治的な立場表明や働き方に関する考え方にも変化が見られ、経営者自身の自己認識の高まりとともに、企業の社会的役割を再考する動きが広がっている。
株主至上主義からの脱却
米国大手企業のCEOらが所属する団体「ビジネス・ラウンドテーブル」は2019年、企業のパーパス(存在意義)について新たな方針を発表し、これまで20年以上掲げてきた「株主至上主義」を見直すという転換点を迎えた。アマゾンやアップル、JPモルガンなど181社のCEOが署名したこの声明では、顧客や従業員、サプライヤー、地域社会、株主などすべてのステークホルダーを重視する方針を表明している2。
「新たな原則は、今日の企業経営のあり方とあるべき姿を的確に表したもの」とジョンソン・エンド・ジョンソンのアレックス・ゴースキーCEOは評し、JPモルガンのジェームズ・ダイモンCEOは「多くの経営者が従業員や地域社会に投資するようになっている。なぜなら、長期的に成功する唯一の方法だからだ」と説明している2。
この背景には、2000年代に成人を迎えたミレニアル世代の労働者の台頭がある。米国では、ミレニアル世代の労働者が全労働者の約3分の1を占めると言われ、彼らが「経営者に対し、単に利益を最大化するよりもより高尚なパーパス(存在意義)を掲げることを求めている」という事情がある26。
政治姿勢の変化
政治的な立場表明についても、米経営者の間で変化が見られる。米資産運用大手ブラックロックのラリー・フィンクCEOは2024年11月の米大統領選でどちらが勝利しても「大した問題ではない」と発言したが、2020年の前回大統領選ではバイデン氏を「理性の声」と賞賛するなど、明確に異なる姿勢を示していた1。
シリコンバレーからニューヨークまで、米経済界の有力者たちの政治的姿勢の変わりようは劇的だ。特にハイテクのスタートアップ企業分野では、これまで長らく民主党支持だった大物ベンチャー投資家が共和党候補トランプ氏を支持する動きが見られる1。
一方で、政治的な立場を示すのをやめる企業経営者も存在する。アマゾン創業者ジェフ・ベゾス氏は所有する米紙ワシントン・ポストが特定の大統領候補を支持する方針を中止した1。フィンク氏やベゾス氏は、政治的な沈黙を続ければトランプ氏が勝利しても火の粉をかぶらずに済むと信じているのかもしれないが、「恐怖によって顔を伏せ続ければ、相手に軽視されることで生じる被害は予測できなくなる」とも指摘されている1。
出社回帰の動き
働き方に関する考え方にも変化が生じている。米国では一部の大手企業を中心に「出社回帰」の動きが見られる。KPMGの2024年の調査によると、米大手企業のCEOの79%が「今後3年以内に、従業員をフルタイムでオフィスに戻す」と回答している5。
こうした出社回帰の動きは、(1)企業文化の維持、(2)チーム間の連携強化、(3)新人研修やOJTの効率化、(4)偶発的な会話による気づき、等といった理由に基づくものとされる5。特に小売業では出社率が非常に高く(約74%)、対面でのコミュニケーションが重視されている一方、情報通信業(テック業界の一部を含む)ではフルリモートとハイブリッド勤務の合計が約74%に達しており、柔軟な働き方が依然として主流となっている5。
自己認識と関係性の重視
世界的な経営陣コンサルティング会社エゴンゼンダーが実施した調査によると、CEOの90%は「ますます声高になり、多様性と不一致性が高まる意見の中心に自分が置かれている」と報告している7。さらに、経営陣の83%は「自分の経営スタイルを振り返って考えることが不可欠である」と感じており、2018年の調査の66%から増加している7。
CEOの78%は「自己変革を継続する必要があること」に強く同意しており、この数字は2018年の3倍となっている7。また、全回答者の半数以上のCEOが「関係を取るための能力を重要な盲点と見なしている」と回答しており、自分はチームと完全に足並みを揃えていると感じているCEOは半数未満(44%)にとどまっている7。
今後の展望
2025年、企業は新政権の税制、貿易、移民、その他のより広範な規制に関する政策方針による影響を受ける可能性がある9。取締役会には、新政権の政策イニシアチブが2025年以降の企業戦略に及ぼす影響をモデル化し評価することが求められている9。
また、CEO交代の数が過去最高水準に近い状況が続く中、CEOの後継者育成計画のプロセスが時代の変化に対応し、会社の長期戦略の策定と実行に必要なCEOのスキル、特性、資質、および経験を見極められるよう更新されていることも重要な課題となっている9。
米国企業経営者の認識の変化は、単なる一時的なトレンドではなく、社会的要請や経済環境の変化に対応した企業の存在意義の再考という大きな流れを示している。多様なステークホルダーの声に耳を傾け、長期的な視点で企業価値を高める経営へのシフトは今後も続くと見られている。
結論
米国企業経営者の認識は、株主至上主義から多様なステークホルダーを重視する方向へと変化している。政治的な立場表明の変化や働き方に関する考え方の転換、そして経営者自身の自己認識の高まりなど、様々な側面で変化が見られる。これらは経済環境の変化や社会的要請、若い世代の価値観の影響を受けたものであり、企業の存在意義そのものを問い直す大きな潮流となっている。