
ピーター・ナヴァロ(75)は、トランプ政権の通商政策を支える「タカ派」として再び脚光を浴びている。2025年4月現在、貿易・製造業担当上級顧問として「相互関税」政策を推進する彼の半生は、学術界から政界への異色の転身劇だ。
学究時代の思想的萌芽
ナヴァロは1949年7月15日、マサチューセッツ州生まれ。1972年にタフツ大学を卒業後、ハーバード大学ケネディ行政大学院で公共政策学修士(1979年)、同大学で経済学博士号(1986年)を取得1011。この間、1970年代後半にはタイで平和部隊に従事し、開発途上国の経済構造を目の当たりにした。
1980年代からカリフォルニア大学サンディエゴ校、アーバイン校で教鞭を執り、エネルギー政策とアジア経済を専門分野と定める1013。当時の同僚は「教室では自由貿易のメリットを説く典型的な新古典派経済学者だった」と回想するが、2000年代に入り研究テーマが急転換する。
「中国脅威論」の旗手へ
2011年、共同執筆した『Death by China』で「中国の不公正貿易慣行が米製造業を殺す」と警鐘を鳴らす1213。当時主流だった「中国の台頭は世界経済に利益」との見方に真っ向から対立し、45%の対中関税導入を提唱11。2012年には同名ドキュメンタリー映画を製作、マーティン・シーンがナレーションを務めた10。
「Amazon検索」でトランプ陣営入り
2016年、大統領選挙キャンペーン中のドナルド・トランプは、中国について「より実質的に話せるよう」調査するようジャレッド・クシュナーに指示しました14。クシュナーはその任務の一環としてAmazonで資料を探していたところ、「Death by China(中国による死)」というタイトルの本に目が留まりました16。このインパクトのあるタイトルに惹かれたクシュナーは、著者のピーター・ナヴァロに直接電話をかけ、トランプ陣営のアドバイザーになるよう招聘したのです1416。
この経緯について、TheHillは2017年に「ジャレッド・クシュナーはAmazonを閲覧することでホワイトハウスの経済顧問を見つけた」と報じています16。同様の話は、TheWeek、Business Insider、El Paisなど複数のメディアでも取り上げられており151718、元の情報源はVanity Fairの2017年の報道だとされています。
驚くべきことに、この即席の採用プロセスがトランプの貿易政策の基盤を形作ることになりました。クシュナーがAmazonでナヴァロの本を見つけてから、ナヴァロは「トランプ陣営の唯一の経済アドバイザーとなり、中国の貿易慣行についてのトランプの確信を強化した可能性が高い」とされています14。
政権内での台頭と失脚
2017年、国家通商会議初代委員長に就任。NAFTA再交渉(USMCA締結)や対中関税発動を主導し「トランプ貿易政策の頭脳」と呼ばれた312。しかし2021年1月の議事堂占拠事件に関与した疑いで議会召喚に応じず、4ヶ月間収監される3。この間、著書で架空の経済学者「ロン・ヴァラ」を引用していた事実が発覚し、学界から批判を浴びた1920。
第二幕:2025年新政権での復権
2024年12月、トランプ次期大統領から通商・製造業担当上級顧問に再指名3。2025年4月に発表した「相互関税」政策では、90カ国に10-50%の関税を課す方針を打ち出した12。これに対しテスラCEOイーロン・マスクが「完全なバカ」と痛罵するなど5、国内でも賛否が激突している。
現在の政策立案には、ヘリテージ財団への提言「経済安全保障は国防の要」が反映されている12。ウクライナ戦争を念頭に「民主主義国の兵器供給能力維持」を掲げ、半導体から鉄鋼まで広範な国内生産回帰を推進中だ。
学界との確執
2025年4月、ハーバード大学同窓のマスクから「経済学博士号は過信を生む」と批判される5。これに対しナヴァロはCNBCで「組立メーカーの利害代弁者」と反論、自動車部品の現地調達率を巡るデータ戦争に発展した。スタンフォード大教授らは「学術的厳密性より政治的主張を優先」と学界の失望を表明している。
ナヴァロの影響力は貿易分野に留まらない。4月9日付ワシントン・ポストは「大統領補佐官の3分の1が彼の推薦人事」と報じ、政策決定プロセスへの浸透を指摘した。次期政権で再び「タリフマン」の異名を轟かせるか、その行方が注目されている。