
相互関税政策の発動で世界経済に衝撃を与えたトランプ政権との交渉が本格的に始動した。赤沢亮正経済再生担当相は16日(現地時間)、訪米先のホワイトハウスでトランプ大統領と約50分間会談し、初の閣僚級協議を行った。日本にとって今後数ヶ月の交渉は、経済の命運を左右する重要な局面となる。トランプ政権が日本との交渉を「最優先」と位置づける中、考えられる最良と最悪のシナリオを検証する。
交渉の現状:トランプ氏のペースで進む初会合
日米関税交渉の初会合は、突如参加を表明したトランプ米大統領のペースで進行した。トランプ氏は16日早朝に自身のSNSで参加を表明し、閣僚級会合に先立ち赤沢経済財政・再生相とホワイトハウスで面会した1。会談にはベッセント財務長官、ラトニック商務長官、エリア通商代表部(USTR)代表が同席した6。
会談後の記者会見で赤沢氏は「双方の経済が強くなる包括的な合意を可能な限り早期に実現したい」との石破首相のメッセージを伝えたと説明した。日米双方は今月中に2回目の閣僚級会議を開催し、早期合意を目指すことを確認した6。注目すべきは、赤沢氏が為替については議論されなかったと述べたことで、市場の一部で懸念されていた円高誘導要求は少なくとも表面上は回避された4。
最高のシナリオ:早期合意と関税撤廃
日米交渉で考えられる最善のシナリオは、早期に包括的合意に達し、日本に対する関税措置が完全に撤回されるケースだ。
「日本は交渉をまとめやすい相手として交渉の先頭に選ばれた面がある」と指摘するのは、元通商産業省で対米交渉を担当した細川昌彦・明星大学教授だ3。この見解は、日本との関係を優先視するトランプ氏の姿勢とも一致する。
最高のシナリオでは、日本が米国での直接投資拡大や雇用創出、エネルギー購入増加などにコミットする代わりに、自動車などへの追加関税を回避できる合意が実現する7。このようなウィンウィンの合意が達成されれば、日本株も年末に39,000円まで回復するシナリオも残されている2。
「交渉は比較的うまく行き、日米間に決定的な溝を生むことにはならない。それが現時点のメインシナリオである」と野村総合研究所のアナリストは指摘している7。
最悪のシナリオ:関税強化と円高圧力
一方、交渉が難航した場合の最悪のシナリオは、日本に対して高率の関税が課され、特に自動車産業に壊滅的な打撃を与えるケースだ。
「米側が安全保障に関する問題を持ち出し、関税、外交安全保障、為替議論が結びつけられる意向があることは明白だと感じられる」と国内市場専門家は分析する4。最悪の場合、「急激な円高やドル安政策に協力しなければ関税を上げると求められる可能性もある」4。
また、世界経済への影響も懸念される。「非常に深刻な世界貿易戦争に発展する可能性があり、これはまだ始まったばかりだ」とマーサー・アドバイザーズのドン・カルカグニCIOは警告する5。「これは市場が予想していた最悪のシナリオで、米国を景気後退に追い込むのに十分な可能性がある」という見方もある5。
野村證券はトランプ関税を受け、年末の日経平均株価のターゲットを42,000円から36,000円に引き下げた2。さらに「米国が景気後退に陥った場合、日経平均株価はPBR(株価純資産倍率)で1倍水準に相当する30,000円への調整があり得る」との厳しい見通しも示している2。
背景にある「米国売り」とベッセント財務長官の懸念
トランプ政権内部では、関税政策をめぐって意見の相違がある。ピーター・ナバロ大統領上級顧問が強硬派として関税政策を推進する一方、ウォール街出身のスコット・ベッセント財務長官が慎重派としてマーケットを監視する役割を担っている3。
4月上旬、相互関税の発動後わずか13時間で各国への上乗せ分について90日間停止すると方針転換した背景には、米国債の長期金利急上昇があった8。「トランプ大統領もそれまではずっと『大丈夫、大丈夫』と言っていましたが、ベッセント財務長官が『このまま出口戦略なしでやったらブラックマンデーの再来になるよ』と脅したことで、ようやく彼は最終的には直感で決めた」と国際ジャーナリストは分析している8。
交渉の時間軸と今後の注目点
今後の交渉の行方を占う上で重要なのは、トランプ政権の時間軸だ。「トランプ政権にとっての至上命題は来年の中間選挙に勝利すること。そのためには、選挙戦がスタートする来年春先までには、関税を使って各国を交渉に引き込み譲歩を引き出し、成果を示す必要がある」7。
しかし、「交渉の最悪期がいつになるかは現時点で見通せない」ため、不確実性の高まりによる景気後退リスクも無視できない7。
当面の注目点としては、今月中に予定されている2回目の閣僚級会議の結果と、ベトナムなど他の貿易相手国との交渉の行方が挙げられる。「ベトナムはスポーツシューズや衣料品の生産および対米輸出拠点として重要性が高い国です。トランプ政権が関税率引き下げに応じるかどうかは、他国との交渉姿勢のベンチマークにもなる」と専門家は指摘する2。
日米交渉の行方は、単に二国間関係だけでなく、今後のグローバル経済の方向性を左右する試金石となる。石破政権の交渉力が問われる重要な局面が始まったのである。