
2025年4月初旬、トランプ政権内で重要な役割を果たす二人の人物—政府効率化省(DOGE)を率いるイーロン・マスク氏とピーター・ナヴァロ大統領上級顧問(貿易担当)—の間で公の場での激しい論争が勃発しました。この対立はトランプ大統領が発表した広範な関税政策をめぐるもので、マスク氏はナヴァロ氏を「完全にバカ」「レンガ袋よりも間抜け」と非難し、ナヴァロ氏はマスクの立場をテスラの事業利益を守るためのものだと批判しています。この論争はトランプ政権内の意見の相違を鮮明に示すとともに、新たな関税政策が企業や市場に与える影響についての懸念を浮き彫りにしています。
対立の背景と経緯
トランプ政権の関税政策
トランプ政権は2025年4月初め、ほぼすべての国からの輸入品に対して最低10%の関税を課すとともに、米国と貿易赤字が大きい約60か国に対してはさらに高い関税を課す政策を発表しました310。この政策はナヴァロ氏が主導したとされ、彼は長年にわたり高関税政策を提唱してきました1。彼の関税計算方法は主に貿易赤字のみに基づく単純なものであり、他国が米国からの輸入品に課している個別の関税率や貿易障壁を考慮していないと批判されています4。
論争の発端
この論争は、ナヴァロ氏が2025年4月7日にCNBCの番組に出演した際、マスク氏のテスラを「自動車メーカーではなく自動車の組立業者」と呼び、マスク氏が関税政策に反対しているのは輸入部品に依存しているためだと主張したことから始まりました2410。ナヴァロ氏は「テスラのテキサス工場を見れば、彼が獲得するエンジンの相当部分、特に電気自動車の場合は日本と中国から調達している。電子部品は台湾から輸入している」と発言し、「我々はタイヤがアクロンで、トランスミッションがインディアナポリスで、エンジンがフリントとサギノーで作られ、車が国内で製造されることを望んでいる」と述べました11。
ナヴァロの立場と主張
テスラに対する批判
ナヴァロ氏はテスラが本質的には「自動車の組立業者」に過ぎず、重要な部品を海外から調達していると指摘しました1012。彼はマスク氏が「安い外国製部品を欲しがっている」と述べ、マスク氏の関税反対の立場はビジネス上の自己利益を守るためだと主張しました610。これは政府が米国内での製造業復活を目指す政策に反するものだという批判です12。
関税政策の擁護
ナヴァロ氏は長年にわたりトランプ氏の関税政策を支持してきました1。彼はこの政策により将来的にはアメリカ国内で部品が製造されることを望んでいると述べています2。経済学者の中には、これほどの規模の関税導入により、予算に制約のある低・中所得消費者が支出を削減し、最終的には輸入品からの関税収入が減少する可能性があるという懸念を示す人もいます9。
マスクの反応と立場
ナヴァロへの批判
マスク氏はナヴァロ氏の発言を受け、ソーシャルメディア「X」への一連の投稿で「ナバロは本当にバカだ」「レンガ袋よりも間抜け」と強く反発しました24611。さらに「ピーター・Retarrdo(侮辱的な言葉遊び)」と呼び、ナヴァロ氏が過去の著書で架空の評論家「ロン・バラ」(ナバロのアナグラム)を引用していたことを揶揄し、「ナバロは自ら作り上げた偽の評論家、ロン・バラに尋ねるべきだ」とも述べました6810。
また、マスク氏はナヴァロ氏のハーバード大学での経済学博士号について「良いことではなく悪いこと」であり、「米国のあらゆる災害の中心には、いつもハーバードの出身者がいるようだ」と経済学者トーマス・ソウェルの言葉を引用して批判しました49。
テスラの米国製部品使用の主張
マスク氏はナヴァロ氏のテスラに関する主張を「明らかな誤り」だと反論し、ケリー・ブルー・ブックの調査を引用して、テスラが米国製部品の使用率が最も高い車種を製造していることを主張しました410。特に、テスラのModel Yは他のどの車よりもアメリカ製部品の使用率が高いと反論しています10。
関税に対する見解
マスク氏は南アフリカ出身であり、最近は北米と欧州の間での自由貿易地域構想を支持しています6。彼は米国と欧州の間で最終的に「ゼロ関税の状況」を望んでいると発言しており1012、これはトランプ氏の関税政策とは相容れない立場です。マスク氏はナヴァロ氏が擁護するトランプ政権による相互関税の税率の算定方式も非難しています4。
ホワイトハウスの対応
公式声明
ホワイトハウスのキャロライン・レビット報道官は、この対立について「男性はいつになっても少年だ。彼らの公の場での口論はこのまま続けさせる」と述べ、事態を軽視するような発言をしました610。また、マスク氏とナヴァロ氏の「貿易と関税についての見解が大きく異なるのは明らか」とも認めています610。
政権内の見解の相違
この論争は、トランプ政権内での見解の相違を浮き彫りにしています。マスク氏は政府効率化省(DOGE)の責任者としてトランプ政権の一員でありながら、ナヴァロ氏が主導する関税政策に公然と反対の立場を示しています1012。一方、ナヴァロ氏はマスク氏との確執を否定し、CNBCに「イーロンとはすべてうまくいっている」と語り、「問題ない。確執なんてない」と述べていますが、マスクには通商政策を語る上での説得力が欠けているとの見方も示唆しています4。
対立の影響
テスラへの経済的影響
この対立とトランプの関税政策は、テスラの業績と株価に大きな影響を与えています。テスラは2025年第1四半期の販売が前年同期比で13%減少し、2022年以来最も弱い四半期となったことを発表しました9。さらに、テスラの株価は約10%下落し、マスク氏に関連する反発やトランプの関税の影響を受けています9。一部の報告によれば、トランプ就任以来、テスラの株価は40%以上下落したとも言われています9。
市場への影響
トランプ政権の関税政策発表後、グローバル市場は下落しました710。ウォール街の投資家はトランプ就任以来、8兆ドルの損失を被ったという報告もあります9。経済学者の中には、これらの関税が経済成長を鈍化させ、消費者物価を上昇させる可能性があると警告する人もいます10。
政治的影響
マスク氏とトランプ氏の関係にも亀裂が見え始めている可能性があります。マスク氏はトランプのキャンペーンに3億ドルを寄付したとされ1、トランプ政権の重要な支持者でした。しかし、関税政策をめぐる今回の対立により、二人の関係に緊張が生じている可能性があります3。一部の観測筋は、マスク氏が政権から距離を置き始めているのではないかと推測しています1。
一方で、この対立は単なる演出であり、実際にはトランプ氏とマスク氏が協力して、ナヴァロ氏に責任を負わせる戦略である可能性も指摘されています5。
結論
イーロン・マスクとピーター・ナヴァロの対立は、単なる個人間の論争を超えて、トランプ政権の経済・貿易政策における根本的な見解の相違を反映しています。マスク氏が提唱する自由貿易志向の立場と、ナヴァロ氏が擁護する保護主義的な高関税政策は、根本的に相容れないものです。この対立は、グローバル化された経済における国家の役割、自由貿易と保護主義のバランス、そして米国の製造業の将来についての広範な議論の一部と言えるでしょう。
この論争の結末はまだ不透明ですが、トランプ大統領が最終的にどちらの意見を重視するか、あるいは折衷案を模索するかによって、米国の貿易政策の方向性や両者の政権内での立場に大きな影響を与える可能性があります。いずれにせよ、この論争は世界最大の経済大国である米国の政策決定過程の複雑さと、そこに関わる様々な利害関係を浮き彫りにしています。